20130928

関門トンネル

  
  
  
  
 
 
  
 
自転車乗りならば県境をトンネルで越えることは割とよくある。
でも、こんなに明るく、老若男女が、乳母車連れが、トレーニング中のランナーが、しかも海底のトンネルを越える場所はここだけでしょう。 自転車は20円払って800m弱の押し歩き。

 
ここもちょっとした憧れの地でした。 
でも、下関からポンとくるとやっぱり感動は少なくて、山陰なり山陽の海岸線や山をずっと走ってトンネルで九州に上陸したかったって思います。 
   
 
  
  
  
  

 
雨が降ったり止んだりし続けるもんだから、面倒になって最後はまた輪行にて博多に辿りついた。
博多中洲の屋台街。  メニューを見ると面白い。 ラーメン500円  味噌、塩、醤油は+100
「えぇ? 普通のラーメンて何味?」 と一瞬たじろいだけど、この地では当然トンコツがデフォルト。
すなわち醤油トンコツだとか塩トンコツとか600円ってわけです。 
 
 
 
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20130925

下 関 に て



関門海峡である。
山口ではカルスト台地やら角島を走り、肉やら魚を食べ散らかそうと思っていたのに大雨にやられた。 そんなことですべて断念、下関に流れ着いた。
 
 
  
  
     
   
  
 
断念したからといってやることはいくらでもある。 なんといってもここ下関はフグの水揚げ日本一である。 夏の河豚?とも思ったが店のおばちゃん曰く 「養殖トラフグよりこの天然の真フグのほうがずっと美味しい。食べてみて。」 とやたら薦めてくる。 
 
 
真フグなんて聞いたこともなかったが、フグのテッサと湯引きに目がない私はその身をポン酢にくぐらせ口に放り込んだ。  ・・・  「うーんポン酢の味」  歯ごたえ悪し、味少なく、湯引きはパサパサ。
  
 
私は、気持ちを切り替え二回戦に向かった。 
  
 
 
   
   
   
  
 
人だかりの店で買った。
おばはん曰く 「これは最高のトロ、それにウニはミョウバン使ってないし甘くておいしいよ。食べてみて」
マグロなら間違いないだろう。 それにこの辺りは赤うにが美味しいとも聞いている。  
只、おばはんの言葉 「トロにある白い筋はスジじゃなくて脂だから 」 には、それは違うやろと突っ込んではいた。
 
 
私は海沿いのベンチに陣取ると、ウニを口いっぱいに頬張った。・・・ 「苦っ」  舌にいきなりのアタック。
嘗て味わったことないほど苦い。 またしても騙された。  私は憮然として、さっきのオバハンの元に戻り言い放った 「ミョウバン入ってないって言ってたけどめっちゃ苦かったわ。 これ何処のウニ?」
そこでオバハンが返してきた言葉に私はズッコケた ・・・ 「これはチリ産よ」   
 
 
何故最後だけ正直なのか・・・
 
  
  

  
しょんぼりして私は関門海峡大橋を望む巌流島にわたった。 武蔵と小次郎が決闘したあの島である。
空は時折雨、口の中は今だミョウバンの苦味でいっぱいだった。
 

私の周りに会津最後の殿様、松平容保ファンで長州人は信用ならんと言って憚らないのがいる。
今まではそれを聞いても大羽越列藩同盟の戯言くらいにスルーしていたのだが、この実体験を持って今までのことを心のなかで侘び、考えを改めることになった。  今後は長州には心して掛かることにする。


 
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20130922

靖国らへん

  
  
  
  
  
  


フィリピン、ルソン島サンタクルーズで戦死した日本兵が、戦死一年前の昭和19年に妻への思いを書いたヤシの実をフィリピンから流した。 その椰子の実が31年後の昭和51年に日本の、しかもその日本兵の故郷である出雲にたどり着きその日本兵の妻の元に届いた。 


驚くべきは31年という年月。 学者によると海流でフィリピンから日本に流されてくる時間はおよそ数ヶ月であるという。 おまけに南からの暖流は殆どが太平洋側に流れ、日本海側に流れる対馬海流分は少ないことから考えると、30年程は太平洋を何度か廻りその後日本海側に入って更に出雲に流れ着いた考えられるという。 このエピソードを読む度に、只の奇蹟とは考えられず人間の魂が起こす力と言うのは本当にあると思えてくる。



靖国に縁の資料を 集めた遊就館という宝物館があって、そのなかにこのエピソードにある 「奇跡の椰子の実」が展示されている。 

  
 




  
 


九段あたりに来たならば定番とも言えるパターン。
神田BONDYのカレー、そして今年の終了ギリギリを狙って山の上ホテルのコーヒー風味のかき氷。

 
靖国」、「カレー」、「かき氷」 ・・・ 夏の締めくくりにふさわしい三品
 
 
 
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20130920

Harvest moon at the Ooi racetrack


  
  
  
  
  
   
  
  
  
   
    

  
   
   
   
中秋の名月。 
気持ちいいアウトドアでお酒も飲めて食べ物もたんまりある場所で月見でもしましょかと。
大抵そんな条件でググって出てくるような所は人だらけ。 でも、ベテランサラーリーマンのおっちゃんはいいとこ知ってます。 ここは空いてるし広いし超穴場。 なんたって、誰も月なんて見てないんだから。
 
 
中秋の名月のことを英語で Harvest moon っていうんですが、収穫どころか4000円すってしまいましたけども。
 
 
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20130917

Argent crisis


 
チタンバイクにはカーボンパーツもシルバーパーツも似合いますけど、それでもやっぱり細パイプのクラシックジオメトリーにはシルバーパーツがいい。 シルバーパーツは以前からちょこちょこと買っては備蓄していたのだけれど、クロモリブームも手伝ってか?最近ではオークションでもどんどん高額になり、しまいには新品の現行品を越える値段がつくこともままある。 
 
 
 
11s 化や電動化もそれはそれでやってくれたらいいですけど、メーカーにはコッチ方面も力入れて貰いたいもんです。 なんせそれだけの値段がつくというのはそれなりの需要があるということ。 仕上げにコストが掛かるとか、長期在庫で表面がくすむとかあるかもしれませんけど開発費掛かかりませんしメーカーにとってそんな悪い話じゃない筈。 つい最近では日本の良心DURAACE 9000 もハブが真っ黒けになってしまいました。 確か2007年位、カンパハブが黒色だけになった時 「シルバーパーツの需要が減っている」 とアナウンスしたのを覚えています。 よく卵が先か?鶏が先か?っていいますけど、この場合は明らかに需要が減ったからじゃなくて生産を減らしたのが先でしょう。 カンパがレコード限定で一部パーツにカーボンを出したのはせいぜい2000年辺り。 すなわち10年ちょい前まではシルバーパーツしか無かったんですから。 (除サイケ調アルマイト)
 

 
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20130914

鳥 海 山


 
東北の旅の最後。  国内旅行では今までで最長の旅だった。
今年の東北は雨が多くてこの期間も何処かしらで降っていた。 その割には体が濡れるほどの雨にはあたりもせず自分の非雨男ぶりににんまりしたが、最後に来たか・・・

 
東北最後のツーリングを鳥海山にしたのだけど山形と秋田の県境に横たわるまさにドンピシャの鳥海山に激しい雨を表す赤のマーク。 ついに運が潰えたかと、最後くらいズブ濡れもよかろうと吹浦駅を出発した。
   
 
    
  
  
   
   
   
   
  

距離 20km、標高差 1100mの登り。
この鳥海ブルーラインはその名の通り、青い空、青い日本海を望みながら登るコースの筈だけど周りは灰色の世界。 下界はなにも見えない。
 
 
只、景色が良かったとしても止まって景色を眺めることすら難しい。 アブやブヨが大量発生し走っていても危ういくらいまとわりついてくる。  何度も何度も手ぬぐいを振り回し払いのけながら走った。  ようやく普通に写真が撮れたのは標高1000m辺り体感的にもかなり涼しくなってからだった。
   
  
  
  
  
早朝に秋田を出て、しかも輪行で降りた吹浦にはコンビニもなかった。 空腹のまま出発し頂上についた頃にはハンガーノック状態。  そこにラーメンがある。  実に旨く感じる。  実に問題なし。

 
ただ、この日鳥海近辺を90km走って食事処はこのブルーライン頂上とグリーンラインの道の駅以外に無かった ・・・・ 実に大問題である。 

  
 
   
    
   
  
  
  

 
鳥海山を下り降りてきた。 
 
アブとブユの攻撃、空腹、真っ白な景色の事ですっかり忘れていた。

間違いなく降られていない、濡れていない。 何故だか分からない。
 
   
  


  
  
  
  
  
  
  
  

鳥海ブルーラインを象潟まで降りると、鳥海グリーンラインという道がある。
その名の通り緑の田園地帯を走る道。 海から内陸に向かって走ると、きつい登りとその先にはプレート状の台地があり段々状に高度を上げていく。 
 
 
目線も下がりがちな上り坂、顔を上げるとその先の地平から巨大な風車の頭が表れた。 
そこには海の方に向く何機もの風車。 ブンブンと唸りを上げて回っていた。  
  
  
 
  
  

  
 
矢島カップ、鳥海山ヒルクライムコースも登ろうかと思っていたけど鳥海ジャージーソフトを頬張ったらもういいじゃんって気になった。  踵を返し秋田の方向に走りだす。
振り返るとまっすぐ鳥海に伸びる道。  バイバイ 鳥海山



目には緑の色、 耳には風をきる音、鳥の声、虫の声、水の音、 鼻には夏の緑の匂いは残ったまま夢の様な東北 800kmの旅を終えた。 
 
 
 
  
  
 
   
   
   
  

東北最後の夜は秋田。 なかなか予約が取れない(らしい)酒盃という店
美味な摘み沢山。  旅の最後はビールなし、始終東北の日本酒数種類だけで過ごした。  
こんなことは初めてのこと。  
  
  
  


秋田空港から2時間後には家にいる。
旅の余韻から現実にワープするような感覚。 
 
 
ストレスフリー過ぎてこの気軽さがいけない。 
次は何処に行こうと、もう既に地図を見ては夢想しているのだから。
 
 
 
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20130912

次の東北の旅



今回の東北の旅は震災で大きな痛手を負った岩手三陸を避けた。 
報道で伝えられるその姿は瓦礫こそ片付けられたようだけど、まだまだ復興には程遠い印象を受ける。 そこに行ってお金を落とすだけで応援することになるとも考えられるけれど、まだ物見遊山で訪れる気分にはなれなかった。 
 
 
夜、盛岡の割烹料理屋で岩手県産の食材をメインにしたコースを頂いた。 その中で出てきたのは握りこぶしほどもある巨大な岩牡蠣。 夏の岩ガキというと秋田や山形の日本海側のものがメインで太平洋側の岩手産のイメージがなかった。 おまけに2年前の震災である。 大将に聞けば、岩牡蠣の稚貝が残っていて三陸でも養殖が始まり、2年物でもこんな巨大なものが出ているのだそう。  
   
  
身も凄く大きいうえに濃厚。 申し分ないものだった。 
どうもテレビから流れてくる三陸のイメージとは裏腹にこの岩ガキを口にして喜びが湧いてきた。 三陸の海の豊かさ如何ばかりか。  こんな豊かな自然があればって三陸を避けていたその気持が口の中に広がるミルクの味に溶け出していった。
 
 
 

 
コースの最後。 稲庭うどんで〆たつもりだったんだけど、周りの常連さんらしき人たちがやたらと鰻を注文する。 それがまた肉厚で美味そう杉。 思わず、追加で鰻丼を注文した。 
  
  
大将との会話の中。 天然物の鰻の最大出荷地が青森の小川原湖だと聞いた。
いやいや、小川原湖って私が今回の旅で降り立った三沢空港のすぐ北側ではないか!
これでまたしても、東北に来る大きな口実ができた。


 
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20130909

乳頭温泉と小岩井農場



八幡平アスピーテラインを走る日。 ずっと晴れを伝えていた天気予報は急変し山沿いで昼頃から雨、雷となってしまった。 朝から走りだしても一番の山場に差し掛かるのは昼になるだろう。 山の中で雷に打たれるとか御免だ。  しかも朝から今にも降りそうな曇天である。 
 
 
とりあえず朝から更に山に登り乳頭温泉鄕の中でも最奥にある秘湯、黒湯温泉に向かった。 
  
  
 

 
 

 
どんどん、山深く舗装が危うくなってきた辺り、山間にひょっこりと茅葺きの建物群が現れた。
源泉が湧き出、山間にその湯気が立ち上る、湯治客向けなのだろう炊事場などが点在していてまことに雰囲気がいい。 ひんやりとした高地の空気の中、長湯に丁度良い温度の白濁の露天風呂。 結構な時間浸かっていた。  
 
 
東北では日帰り温泉にいくつか入ったけど、すべて500円だったなあ。 羨ましい。 
こちらの地元の人が驚いてました。東京で日帰り温泉に行ったら2000円もしたって。 
土地代? 利用する人間にはそんな経営側の理論は知ったこっちゃないのだ。    
  
 
 

 
  

 
 


天候不順で八幡平アスピーテラインは諦めた。
乳頭温泉のあと、山を下り降りR46を盛岡に向かう途中、雫石は憧れの小岩井農場によった。



鉄道王、井上勝に見初められるまでは木も育たない荒野の大地だった場所である。 
そこを走る道は三菱のご威光もあるのか? 車は少ないのに、舗装が極めていい。 おまけに適度なアップダウンもあって練習地として最適なのでしょう、やたらとロード乗りを見ました。 思えば北東北三県で初めてみたロード乗り。
 
 
 

 
 

 
「とうもろこし食ったが? あんまくて旨ぇぞ。 食ってけ。」 と、三輪車のおばちゃん

「はいはい」 ・・・・ 「旨ぇー」
 
 
 

 
 







 
  

  
  

 
凄い。
こんもりとした森の中に溶けこむように牛舎、サイロが建つ。 そりゃそうです。 この雫石の近代の歴史はこの小岩井農場が作ったもの。 そして、こんもりとした森も牛舎もこの地が開拓された明治の同時期にそろって植えられ、造られた。 

 
何より凄いのは、国登録有形文化財に指定される100年以上前の明治期に建てられた牛舎、日本最古のレンガサイロなど現在も現役で使われていること。  
小野、岩崎、井上、創業者三名の姓の頭文字を採った小岩井という名とともに、この地に根付いた畜産の歴史文化を重んじる姿勢を見るようでした。
 
 
 






小岩井を後にする頃には午後の2時を回っていて随分腹が減っていた。
 R46盛岡に入った辺りに盛岡冷麺ぴょんぴょん舎の盛大な看板。 思わずそちらに舵を切る。
そう言えば東北に入ってほとんど魚介で牛肉など一度も食べてない。
ジュージュー焼いて食うたった。 肉に合わせて久しぶりの冷麺も。 この組み合わせいいね。
 
 
 

 
盛岡駅
なにか違和感があると思ったら、JR駅の中で明朝体の表記は初めて見たような気がします。
この後、ホテルにチェックインした途端雷鳴響き雨が激しく降りだした。
今や、東北でもスコールがふる。  またしても、雨には一滴も当たらなかった

 
 
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