20140330

陸の孤島


 
陸の孤島
文字通り、陸続きなのにそこに至る陸路がなく、船でしかアクセス出来ないような場所。 
三陸や北海道の日本海側雄冬の集落、そして世界遺産にもなった有名所ではイタリアのチンクエテッレなど断崖絶壁にある集落など・・・ 嘗てはそのような場所が割とあった。 そんな場所が今だに日本にある。  西表島の船浮という集落である。
 

 
「船浮に行きたいんですけど・・・」 
「30人しか住んどらんし、何もない。あんなとこ何しに行くの?」



真っ黒に日焼けした島人にお願いしてモーターボートで連れて行ってもらう事になった。




 
船着場に着くとすぐその辺だけが、人の暮らしがある場所だった。 
とはいっても30人しか住んでいないから建物もそんなにある筈もない。 
そんなある建物の前に ”イリオモテヤマネコが発見捕獲された地”

 
西表島に野猫がいることは分かっていたそうだけれど、1974年3月、この地にあった民家の鶏を襲ったイリオモテヤマネコを小屋に追い込みはじめて生け捕りされた。 ちょうど40年前である。 


 


船着場のすぐ近くには太平洋戦争時、アメリカ軍の上陸に備えて作られたベニアボート特攻艇「震洋」が格納された秘密基地が残っていた。 結局、西表島にはアメリカ軍は上陸せず、ここから特攻艇が出撃することなく終戦を迎える。 
  
  
もう80年近く前のものだけど荒れてもおらず、最近のものにさえみえる。 保存状態もさることながら、この地区や自然地形全体が当時とあまり変わっていないことからくる雰囲気によってそう感じたのかもしれません。




 
 

 
 

 



 
どなたかの家の軒先に”イダの浜 500m”の看板。 
実際には500mではなく1kmに近い砂地や岩、石の道、そして小さな切り通しの峠まであった。 自転車では結構大変・・・いや、そもそも道自体が殆ど無い様な場所にロードレーサーを持って来る意味などあったのか?と考えながら自転車を押していると、目の前が開けて弓型の白い浜があった。
 
 
 
誰一人居ない。 何もない。 さざ波の際にはサンゴのかけら。 

陸の孤島


 

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20140316

石 垣 島


 
石垣島を走っている。
彼方には真っ青な海と空だけど、目を近くにやると宮古島とは違っていた。 宮古の海が一番という話は聞いていたけど、きっと石垣島も変わらないだろうって思っていたのだ。 
 
  
サンゴ自体が隆起して出来た真っ白で平坦な宮古島に対して、こちらの砂浜は褐色。 海の逆方向を見れば500m級の立派な山もあるし、そこから流れる河も発達しているから、山からの土砂が堆積するというもっともな理由が推察できる。




    
   



道すがらには南国フルーツの果樹園があってフルーツジュースやパフェを供していた。 本当に海外の南国に行って食べる南国フルーツの味。 まあ、それほど・・・ってことだけどパパイヤのシーズンじゃないから、主役不在なわけです。 
 
 
でも、こんな雰囲気の中じゃ文句もでない。 日差しはキラキラと眩しくて、傘の下はさわやかな風が吹き抜けていくのですから。



   
  
  
   
 
  

 
  
  
  
  
   
  
ここ川平はすごかった。
小さな島が浮かんだ入江、珊瑚由来の真っ白な砂浜、無修正なのにこのバスクリンな海。
ミシュランガイドの評価は眉唾だと思っているけど、ここは伊達じゃない☆☆☆
 
 

   
  
  
  
 
石垣島最北端をなめ、旨いと聞いて来た八重山そばの店、明石食堂にいたる。 
肉厚とろとろなソーキ。 ここまで来ると、麺に乗せるよりご飯と食いたい衝動に駆られる。
箸でも掴めぬほどのトロトロは口のなかでもトロトロと溶けやがる。 
石垣をこの地の料理ソーキで締めた。 
 
 
 
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