あちらの方に見えるこんもりした丘。
これは只の丘にあらず。 日本最大の墳墓、仁徳天皇陵のサイドショットである。
そしてすぐその側に自転車博物館はある。
堺の地場産業の一つ自転車部品のシマノが公益財団を作りその財団が運営する1992年に開館した日本で唯一の自転車博物館。 名前は”自転車博物館” だが、”シマノ・サイクル開発センター” が正式名称である。
1818年からの自転車の歴史の実物展示。
ゲイリー・フィッシャーがダウンヒルのためにビーチクルーザーを改造していた後、1977年にジョー・ブリーズが完成させたオフロード専用フレーム”BREEZER” も展示してある。
そして、めちゃくちゃ懐かしい自転車が展示されていた。
マックスコメンサルデザインのSUNN duall。 10年以上前ですけどTech inのフロントフォークに、2ポットフローティングディスクのMAGRA Gustav を奢ったセットで乗ってました。 結局クルマに自転車を載せて移動すると必ず行き帰りで渋滞にあうパターンがアホくさくなってMTBは乗らなくなったのだけど。
記録に残る自転車レースの最初は1868年パリで行われた短距離レース。 そして1893年トラックレースで初めての世界選手権が開催された。 このビアンキは、1992、1993年世界選手権ロードレースで優勝を飾ったジャンニ・ブーニョのもの。
ここで気付いた。 そういえばファウスト・コッピ、マルコ・パンターニもそうだったように、このジャンニ・ブーニョもビアンキ乗りのスターは皆ヨーロッパでは珍しい右前のブレーキである。
これまた圧巻。
収蔵庫には、展示室には納まりきらない250台が整然と並べられていた。
そして思いの外面白かったのが図書庫。
上の写真はパラパラめくって出てきた1990年の自転車カタログと1986年のサイスポ。
Cinelli Laser Max : ¥920000
COLNAGO C35 : ¥1700000 (1989)
DeRosa 35aniv : ¥580000 (1988)
campagnolo Record group set : ¥232000 (1986)
この値段を見て驚きました。 現在の値段と変わらない。もしくは、実勢価格だと現在の円建ての価格のほうが若干安い? ちなみに1986→2014年消費者物価指数はフランスで1.74倍、日本では失われた20年によって1.16倍の上昇。 この事実は自転車やパーツの価格はその他物品に対してかなりの価格下落をしていることを表してます。 カンパニョーロなど高級品であった品々はシマノを始め台湾の安価な部品によって、かなりの競争を強いられ疲弊した事は間違いない事実でしょう。 ただ、スイスの時計産業に見るにつけカンパはじめイタリアの自転車産業には別の方向転換もあったのではないかと思わざるをえません。 70年台の日本製クオーツ時計によるクオーツショックでスイス時計産業が瀕死の重傷を負いながら、機械の正確性といった性能ではなく、デザインと伝統、工芸品としての付加価値を載せた製品への方針転換で見事に復活を果たしましたから・・・
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