20150829

本土最東端



本土最東端、納沙布岬への道
道路脇では風力発電風車が回り、牛が放牧され、馬が走る
ほぼフラット、 最東端の言葉通り最果て感があった
  
   
 

   
      


  
  
  
 

 
  
   
  
   
   
 
   


子供の頃には ”北方領土” ”島を返せ” という言葉をよく聞いた。
でも冷戦時代が終わると、近くからソ連に攻められる危機が去ったからなのか? 実は特に北方領土にはそれほどの実利はないのか? そんな言葉すらほとんど聞かなくなった。
ここにはノスタルジックなあの頃の空気がまだあった。
  
 
  


根室に戻ってきた。 
実はてっちゃん的にはこの根室駅より東根室駅が重要なのだとあとで聞いた。
根室駅は根室本線の終着駅なのだけど、その一つ手前の東根室駅はこの根室駅の東にあって日本最東端の駅だったのである。  そう聞くと、鉄ちゃんでもないのに何故調べて置かなかったのだと地団駄を踏んだ。    
   
  
 

 
その根室で名物は何かと聞けば ”根室のソールフード=エスカロップ” だという。
元祖エスカロップの店というニューモンブラン。 このステンレスの皿が泣かせます。
筍をいれたバターライスの上にとんかつが載ってる。 そこにトマトベースのデミグラスソース。
実はバターライスが嫌いなのに注文したのだ ・・・ また来たら嫌いなのに食べてしまうだろう。

 
 


”島を返せ” だとか旗まではためかせているのに、青看板にはロシア語表記があった。
半ロシアの旗とは裏腹に親ロシアな青看板。
このアンビバレンツ感が泣かせる。 
バターライスが嫌いなのにエスカロップを注文してしまうアンビバ感覚を重ねあわせた。


 
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20150824

北太平洋シーサイドライン



釧路から根室へ
絶好の快晴、海は白波。 でも、風は強くはない
釧路近くの漁村。 荒波で流れてきた昆布を集める拾い昆布漁のおばさんがせっせと昆布を拾っては石の上に並べ昆布を干していた。









 


 









海からすくっと立ち上がるテーブル上の台地の上を走るルートが続く。
そしてその台地から海に向けておりていく
その先に見える町が牡蠣で有名な厚岸の街だった。





アイヌ語の”アッケケシ” = ”牡蛎の多い所” が転化したとも言われる場所でカキえもんを食す

 
 




 
     

 
 




 
リアス式海岸の道といえば三陸を連想する人が殆どではないか?
走るまで知らなかったのだけど、このシーサイドラインが走る海岸も立派なリアス式海岸であった


 
あちらはリアス式海岸と言ってもそこを走る道は海岸からずっと内陸にあって雄大な景色を望める場所がとても少ない。 それに対してここはもったいぶる素振りすら見せずこの通りの景色をのべつ見せてくれた。 もう圧倒的にこちらの圧勝である。


 

 
 

 
 

  
道東の太平洋側は霧多布の地名にもあるように霧がよく出る場所。 すなわち高い湿度と低い気温が特徴の地域で晴れて景色も見渡せることがあまりない。 以前通った時も霧や小雨だったことを思い出した。 
 
 
 
そして本日の霧多布岬。 素晴らしき快晴。
随分昔にここで、仲間と車中泊したことがあった。
確かあの頃は、キャンプ場近辺は砂利道だった様な ・・・ あの頃まさかこんな場所に自転車で来るなんて1ミリも考えてなかった
 
 
 




 
 


飽きない景色の連続。
真っ青な空に地表近くにフワッと白い霧で霞む夕方 
日は長くまだまだ明るいけれどもうすでに時。 目的地の根室までは40km も残していた。 一日中海沿いを走り、最後にこの景色。 もうこのへんでいいかなと ”この先を内陸に入って輪行すっか・・・” と気分はエピローグだった。
 
 
 





 
根室に着いけば丁度夕日の時間だった
旅館で汗を流し、夕食のメインは根室の夏が旬の食材=花咲ガニ


 
北太平洋シーサイドラインは盛り沢山
盛り沢山な上に自転車のスピードと北海道のスケール感はあまり相性がよろしくない。
途中どこかで一泊くらいして2日は掛けて走りたい場所。



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20150819

釧 路



はじめて釧路に降りた。
釧路空港にはなんとサイクリングターミナルが併設されていて空気入れなどがおいてある。
その後帰京する時の女満別にもあったのだけど。

 

空港は海からほど近い丘の上にあって海までは下り。  
すぐに思った ・・・・ 空が広い

  







午後の便ですでに2時。
とりあえず腹ごしらえと白糠の道の駅
豚丼は帯広の名物で20年位前はその他の地域には豚丼の店など殆どなかったのだけど今は北海道と言わず何処でもある。 肉厚の豚ロースに甘いタレ、ご飯が進みまくった。 

 








 

本州で走る感じとは明らかに違うスケール感を感じながら北海道の大規模サイクリングロード。
草原の中をズンズンと進んでいくその道は元炭鉱から釧路港へ石炭を運んだ列車道だった。

 
そのサイクリングロードを伝って行くは釧路湿原展望台である。
釧路は何度かは来ているのに釧路湿原はいまだ見たことがなかった。 







 
空がやたら広く感じるのは、地上に目立つ構造物や山が無いからとは気付いてはいた。
が、それは同時に ”これが釧路湿原です” と言われても一体それがなんだか認識できるほどには見渡すことも出来ないことを意味する。 

 
これでも標高80m 程はあるし驚くことに釧路湿原展望台と名の付く建物のすぐ横である。 
この程度の中途半端な高さの丘からだと釧路湿原に来ました感すら感じることが出来いのが北海道というところである。





いきなり車窓の風景に変わった。 いや、変えた
北海道というところのスケール感はまるで本州で走っているときの感覚が通用しない。 一番釧路湿原が良く見える展望台は何処ぞ?と聞けば、ちょっとそこまで往復するだけでも普通に70km以上とかグーグルマップは弾き出しやがったのだから。 
 
 
  
  
  
  





釧路湿原が一番綺麗に見えると聞いてきた細岡展望台
釧路湿原は日本で一番大きな湿原で20000ha近くの広さがある。 1haとは100mX100mの広さだから所詮はだだっ広い緑の絨毯にしか見えない。 だからこそ蛇行する川、森と草原のコントラストなど景色を構成する要素に変化がないと見応えがない。 

 
ここに来てやっと釧路湿原を見た気になれた。
 
 

   
  
帰りはもう夕日すら落ちる時間。 自転車で頑張っていたらナイトランは必至であった。
幸いにも1時間に1本にも満たないダイヤをかい潜り往復がかなった。



  
 
 


意外と疲れきって、夜はホテルの直ぐ側の洋食
日本で最初に新秋刀魚が水揚げされるのが道東。


計らずも新秋刀魚まで食べることができてすべてが丸く納まった。 




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20150813

北海道の道



殆どの人にとって ”北海道の道” から連想するのはこういう道でしょう。
でも、自分にはこれも間違っていないけどツーリング中に思い知らされそして思い至る北海道の道のイメージはちょっと違う。

  
  
  

”これです。”
と言われてもよく分からないでしょうけど、私にはこのイメージ。


周りは開け風光明媚、そして路面は高品質な舗装。
その辺に立派な売店を備えた道の駅などひょっこり現れそうなのだけどこれが罠である。
 
 
夏のツーリング、山ばかりの道、すでに最後の休憩から60km4時間近くを走った。
500cc の水はとっくに尽き、無補給で2時間は走っていた。
持っているものといえば一応、おにぎりとコロッケの補給食。 腹も減るのでそれはそれで良いのだけれど水がないと喉を通らない一品ばかりである。 北海道は長かったし田舎に売店がないことくらいは想定していたけれど、自販機すら無いことはちょいと舐めていた。


本州でもクソ田舎の林道ではそれに近いことはあろうけれど、道自体鬱蒼とした林に囲まれそれなりの心構え、自然に対する畏敬に近い感触を持って道に入るものである。 なのにここと言ったらこんなに太陽が眩しくてアッケラカンとしていて大自然に囲まれているという緊張感を感じさせやがらないから備えまで疎かになる。 お陰で口の中は干からび”水~水~” と喘ぎカラカラの刑である。  もっとも”電柱がない=この先に人の営みがない”サインは出ていた筈なのだが・・・・  





まあ、北海道を離れてから長いので勘が鈍っていることもある。
グーグルマップ上の幹線から外れて細い線で表される道にすぐに分け入ってしまう癖が曲者。
ちょっとした出来心、そしてそのうち舗装路が現れるだろうとズンズン進めど進めど舗装路など現れない。 引き返したほうが・・・と思い至る頃にはすでに何キロか走っていて引き返すに引き返せない。そして挙句の果てに10km近くもこんな砂利道を走るハメになる。 せっかく新しいVELOFLEX をおろしてこの北海道旅に望んだのに早くもサイドが傷だらけになった・・・

 
北海道の道は舐めたらあかんのです。



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