20150318

雲仙の格好いい道


 
しょんぼり気味の前半戦から山を降りる後半戦。
カッコいいやん。 雲仙の道
 

 

 
 

 
山の斜面をくねる大蛇のような位置取り、 
いちいち路面にかっこいいアンジュレーション。 かと言ってバンクでもないというか逆バンクもあったりしてワザとなのか偶然なのか? 私は知ってます。リキミなくかっこよく出来る人は天才です。 やはり九州にはかっこいい道がおおい

 
 

 
 

 
棚田なんぞをかすめ海が見える木津の街を見下ろす道に出てきたそこからは、またカッコ良いという程じゃないがいい道がある。

 
 





雲仙鉄道(温泉軽便鉄道)の廃線跡がサイクリングロードの様になっている。 廃線跡らしい切り通しや、列車のトンネルらしい馬蹄形の光の出口。 もっとも車も通るのでサイクリングロードのようで普通の道でしか無いのだけれど心地いい快走路。
 
  


  
 

 
小浜温泉、島原温泉への玄関口諫早からは車上の人。 そして長崎市内。 
あちらに見えるは日本最古のアーチ型石橋のめがね橋。 何度か大水で流されているが江戸初期だから400年近い歴史がある。 
 
  
 

 
 

  
長崎の代表的な料理に卓袱(シッポク)料理というのがある。  卓袱とは卓のことでオランダやポルトガル、 中国の料理を巧みに取り入れ和風にアレンジしたものを卓を囲んで食べる。
  
 
そういえば中華街があるのは長崎に加え神戸や横浜。 長崎は清の時代から出島との交易を行っていたから。 では、神戸、横浜は? 江戸末期の日米修好通商条約でいきなりの開国からである。 いきなり欧米人たちがやってきて横浜、長崎の山手や神戸の北野で居住をはじめ、貿易をスタートするとなっても日本側にはそれに対応できない。 ここで活躍することになったのが、早く西洋文化に接していた華僑たち。 同じ漢字圏で日本人とは筆談でもやりとりが出来る。 よって西洋人とのパイプ役として華僑のサポートが必要だった。 今も、かつての欧米人たちの居留地に隣接する形で中華街があるのはこうした事情によるのだそう。
 
 
平戸でのオランダ交易の後、出島があるこの長崎が日本の海外交流の最先端だった。 カッコいい道を歩んできた長崎。


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