20150306

生月島の天然鰻


 
平戸大橋 ・・・ この橋の意味は大きい。
本州からトンネル、橋を伝って自転車でも行ける日本最西端である平戸島に渡る橋であるからだ。 

 
 




 
ここはかつて日本に西洋文化の拠点であった。 ポルトガル人が種子島に流れ付きその後本格的にキリスト教布教を始めた地である。


布教より貿易重視であったオランダがポルトガルから日本との交易権をもぎ取って建てた日本初の西洋建築。  大航海時代、オランダ東インド会社が1609年に建てた貿易の拠点である。 その後島原の乱などがきっかけになりいわゆる鎖国政策が始まり江戸幕府に取り壊しを命じられオランダの貿易は1641年長崎出島に移った。 

 






 
寺院と教会が見える風景。
フランシスコ・ザビエルが1550年日本で初めての洗礼を行った地、平戸。 1551年には日本で始めての教会がつくられたそうだから、昨日今日のこういう風景じゃない。 
 
 
日本初の西洋文化交流の地ならでは。


 







 
きれいなトラス橋。 平戸島から生月島に渡る生月大橋
上で、 ”平戸大橋は本州からトンネル、橋を伝って自転車で行ける日本最西端である平戸島に渡る橋” と書いたが、生月島は平戸島の西にあるのに最西端ではない。 これ如何に? 地図を見れば分かる。 
 
 
 


 

 
生月島最北端の大バエ灯台に至った。
長崎は日本一島が多い県というのは、同時に地形の特徴も表している。 海底、地上も含めた地形として凸凹が多く海から顔を出す部分(島)が多数にあるいうこと。 すなわち五島列島や、佐世保から九十九島もそうだったけど、平戸から生月島も登りと下りばかりなり。 
 
 
 


さて、食である。
”天然鰻1000円”!!  店もあまり無く、ふと入ったイケてない風の店内の張り紙にのけぞった。
聞けばうなぎの切り身六切れが載ったうな丼だという。 
只、1000円だし切り身だし期待できないとスルーした。 というのも、他の客が刺身定食を食していて、これまた1000円なのに生わさびがついていてそっちに引っ張られたからだ。
 
 
 


唐津で食べた玄界灘のアジも美味かったが、この平戸でとれたというアジも美味い。 唐津では水槽に泳いでいた下ろしたてなのに熟成したかのようなアミノを感じた。 それと同じアミノ感。 何故なのか? この日はマンボウが入ったというのでマンボウも。一番左の白コンニャクのような身。 沖縄でも食べたことがある気がするが、こんなかんじじゃなかったな・・・
  
  
 


『生月島天然鰻』 ・・・ やはりどうしても気になったうなぎ。 
というのも生月島にはちょっとした小川しかない。 川がない島に天然鰻ってのが気になった。
聞けば海鰻だという。 うなぎの一生はマリアナ海域で孵化してからどのうなぎも川を上るイメージでいたが、うなぎの約40%は海だけで過ごすことがわかってきたそう。 かと言って、海でウナギ漁をする人はおらず、たまたま網にかかった流通に乗らないものを漁師に分けてもらっているのだとか。


切り身だというので期待せず注文した天ぷら。
凄い厚みにかなり脂が乗った身。 切り身の理由がわかった。 鰻が大きすぎるのだ。 おそらく500g以上はありそう鰻である。(うなぎ屋で食べる蒲焼きでかなり大きいと感じる物で300g位) もうこの時点で何故うな丼を注文しなかったのかと地団駄を踏んだが、刺し身定食と鰻天ぷらを食べたあとにうな丼は無理だった・・・  夜の営業時間も聞いたが、スケジュール的に無理で後ろ髪を引かれる思いでこの地を後にした。
 
 
 
平戸、生月の旅の記憶は城下町もオランダ商館も吹き飛び、この”鰻” ともう一つ”格好良すぎる道”の二色だけに染まった。
 
 

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