20121130

佐 賀 関


  
九州にまた格好いい道があった。  佐賀関のこの道もまた格好いい。

 
天空の道には、いつ崩れてもおかしくないような危なげで高貴な雰囲気があった。
そしてこの道もまた、普段走っている道の常識からすると果てしなく外れていて格好いい。   
 
  


 
これでも車も通行する県道である。  
道は作るが、お前ら目もついている筈だし後は自己責任な。 と言わんばかりで、ちょっとその辺の責任回避しか考えていない役人がすることとはだいぶ違う。
九州人はやっぱり違うんかなあ。 
 
 
  

 
 

 
  


別府から大分、そして佐賀関に向かう海沿いの国道約50%程にはサイクリングロードが設置されていてわりと快適に走ることができた。 そして、大分から佐賀関に近づくほど海は綺麗だし雰囲気も良くなる。 
  
 
 
もちろんこの佐賀関に来た理由は豊後水道のブランド魚、関サバを食べるため。
一本釣されたサバは興奮状態を覚まさせるために後ろに見える生簀に移され、出荷の度に生け締めする手間をかけている。
 
 
 


ちょうど漁協では関アジ関サバを料理店にトラックで出荷するという時で、そのトラックがどこの店に卸しに行くのか聞いてすぐさまその店に向かった。 漁協のおばちゃん曰く「一番切り身が大きい店」。



切り身を見ただけで新鮮だと分かるビンビンの身。 口に放り込めば噛み切れないほどの弾力。
しかし、味自体は殆どなく美味しいといえるシロモノではなかった。
 
 
 
が、これには後日談がある。


 
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20121127

雲海 由布院

  
 
由布院の雲海。
この日は晴れ、朝の気温は4℃ の予報だった。 中居さんの「こういう日は雲海が見られる」 との言葉に、朝も暗いうちから由布岳の方に登ってきました。  
 
 
 
気温は低くて息が白いのは当然のこと、すっかりアップした体からは機関車のようにモウモウと湯気が上がっています。
  
  
  
  
 
 
    
 
 

   
あっという間に太陽の高度が上がっていった。  
雲海には朝日が差し始め、山肌に色づく紅葉は見事に彩度を上げる。 そして笠雲に化粧された由布岳はその地形のアンデュレーションを刻々と変化する光と影であらわしていました。  
 
 
  
  
 
一時間位見ていたかなあ。 
寒さに手を擦り、白い息を吐きながら自転車に戻ってくると薄っすらとついた霜が溶け始めていた。
 
   
 
  
 
 


由布院から峠を超え別府温泉に降りてきたそこ。
明礬温泉というところに地獄蒸しプリンというのがある。
柔らか過ぎず、硬すぎず、甘すぎず、程よい卵の濃厚感があってまろやか。
観光地のデザートらしからず旨し。
 
 

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20121124

耶馬溪サイクルロード


 


 
大分県に耶馬溪(ヤバケイ)という場所がある。
ご覧のように奇岩が聳え立つ新日本三景の一つ。 渓というからには水が流れる谷筋でその下流の川沿いにあるメイプル耶馬サイクルラインは日経新聞オススメサイクリングロード日本一になったこともあるそう。  

 
 

   
    

 
 


サイクリングロードの中盤付近にJCAがやっている耶馬溪サイクリングターミナルなる施設があるんだけれど、「サイクリングロードが復旧するまで暫くの間休業いたします。」 との張り紙があった。  とは言っても大したこともないだろうと、橋の入口で通せんぼをするようにあるビニールの停止線など無視して入ろうとも思ったけれど、そのまま進んでいたらエライことになっていた。 



このサイクリングロードは耶馬線という線路跡を整備したものなのだけれど、増水でガーター橋が流されるほど凄まじいものだったようで7月の大雨の傷跡というのは想像を遥かに上回るものだった。
 
 
  

 
 

 
 

 
 

 
下流域に行くほどその被害は激しかった。
災害から5ヶ月も経ったというのに復旧作業さえ行われていないどころか、なんの注意喚起すらされていないところもあって危険極まりない。
そして日本一長い八連の石橋、オランダ橋は手すりが流れ通れなくなっていた。 
 
 
 

 
「人4文、牛馬8文」 通行料を徴収して工事の費用に充てた日本初の有料道路と言われている。
  
 
 
耶馬渓を代表する名勝である競秀峰、その昔ここは断崖絶壁に鎖のみで結ばれた難所だったそう。
諸国巡礼の旅の途中に禅海和尚がそこで人馬が命を落とすのを見て、石工たちを雇いノミと槌だけで30年かけて掘り抜いたといわれる青の洞門。
この場所も、先の豪雨による増水で天井まですっかり水につかったそうだ。



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20121121

天空の道

  
 
こんな格好いい坂ちょっとない。

この道を走るために熊本くんだりまできた。
 
熊本といえば阿蘇山やら、やまなみハイウエイやら有名だけど格好良さはこっちの圧勝。
 
   
 

    
   


山のひだを縫いながら横に阿蘇山を見据えながらの外輪山ヒルクライム
中腹より下では、7月の豪雨の影響で道がむちゃくちゃにになっているところもある。

 
更に上に登ればカルデラの中の平野部の長閑な田園地帯の中に横たわる阿蘇山。
阿蘇山は釈迦様が寝ている姿にたとえられていて確かに、横顔と胸に見えた。
   
  
    
  
  
    


熊本を走ると、そこかしこに美味しそうな褐色の牛が放牧されていまして、最近では東京のレストランでも偶に見るようになった熊本の名物赤牛。  ヒルクライムの後はその赤牛の厚切り焼肉で栄養補給するのがいい様な気がします。



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20121119

九州新幹線



九州新幹線 「つばめ」 の内装。 
こんな薄い木製肘置き、そしてシートバックのフレームも同じ素材で艶仕上げ。
金掛かってはる。
 
 



そしてシート生地は西陣織。 
白のヘッドカバーもシート生地同様の唐草の織りが施してあるし、日よけは藺草簾。
これまた金掛かってはる。


壁と天井は東海道新幹線同様のプラスティッキー質感なのに、ここまで和を強調するのも違和感なのはおいといて、こんなに薄い木製の肘置きが通路に出っ張ってたら、車内販売のワゴンがぶつかったら割れたり欠けたりしないか?とか、こんな艶仕上げじゃ傷だらけになってキチャナクならないか?とか、簾日除けはガキが引っかけて壊しやしないか?とか・・・ よくJRは承認してくれたなと。 


大勢の人が利用する空間でこういう尖ったものの採用をコンサバ大会社にねじ込む大変さを想像すれば、きっと難航したんだろうなー、どんな口八丁で説得したんかなー?とか ・・・ そんな想像をしてたらあっという間に熊本に到着しました。

 
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20121115

東京ダート道とジェラート



担ぎも少々、そして藪漕ぎに近いシングルトラックを走って来たそこに七国峠の名の下に馴染みのジェラート屋の名前。  藪の中を走っている限りはえらい山奥を走っている錯覚に陥っているから、そんな時に突然こんなスイートな看板を見たらそれはそれは癒された。 
 
 

   
  
   

 
  

  
 

  


  
  

 
 

 
ぜんぶ東京。 
多摩川ではサイクリングロード脇のダートを走り、尾根幹から小山田の長閑な里山もダート路を選んで進んだ。 戦車道では舗装路横のダート、そこから絹の道にそれ、そしてR16をまたいだ先のシングルトラックの尾根筋を走り七国峠。  
 
 
 
多摩川丸子橋から町田市相原の七国峠、そしてジェラート屋まで45kmのうち35km以上をダート道でつないで来れた。  都内でどれくらいダート道を繋いで移動できるのか? ちょっとした興味で走ってみたのだけど、その多くに歴史ある古道が含まれているし東京都内でこれだけ長いダート道を走って移動できたことには結構感動した。  
 



 
湿った粘土層の下りをズルズル滑り降りたそこにはジェラートがある。
ラムレーズンのミルクジェラートって美味しいわぁ。

 
 
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20121112

暗がり峠



暗峠(くらがりとうげ)奈良街道は、大阪から生駒山を超えて奈良に至る街道であり、数ある奈良街道、伊勢参宮街道の一つ。  日本一の激坂の誉れ高きこの道は確かに極悪でした。
  
 
 

 
 




 
最短で大阪と平城京を繋ぐ道として敷設されたそうで最短距離というのだから、当然激坂というわけで、≒30度≒60% などという坂もチラホラ
特に中盤はのべつ20%以上の激坂で一度降りたら発進もままならず ・・・
 

 

  
  


  


大阪平野からこの街道に入る辺りで道に迷い、歩いてたおっちゃんに道を尋ねたら、「この先、道が舗装なっとるところを入っていって・・・・」と教えてくれはりました。 「舗装なってるということは砂利道もあるのん?」と聞き返しても、どうも要領が得ない。 ようやく分かったことは 「舗装なっとる」 ではなく「細うなっとる」 でした。 河内のおっちゃんの言葉は難しいんです。(笑)


 
奈良時代にできたこの街道は今は国道308号になっているんだけれど、途中には道幅2mなんてところがあったり、道祖神や馬頭観音、そして味ある石畳も残っていて昔の街道筋をイメージするのに十分な雰囲気。  峠には茶屋があって、おばちゃんの「休んでいき」 の言葉に思わず引き寄せられました。  カレーうどんを頂いたらルーが旨くて、「おばちゃん、ルー美味しいから麺だけ一玉おかわりくれへん?」 とか言える雰囲気はやっぱり関西なんです。


 

  
  

 
 


一旦奈良へ下り降りましたが、路肩は狭いし車は多いしで奈良市街地を走るのに萎えまして今度は生駒山を十三峠を登り返して大阪側へ戻りました。  山では暗雲が覆い雨がポツポツ落ちてきたけど、峠を越えれば西日で輝く大阪湾と大阪市街の景色がそこにありました。



大阪市内から山を超えて奈良、そして大阪市内に戻って往復75km程。 
大阪市街と山、そして古都京都や奈良までの距離感は自転車旅的には最適とも思えるもので、
東京市街地からじゃ山に近づくだけで50km以上、山を走って帰ってきたら150km以上にはなるのだからまるで距離感が違う。 
そういえば大阪は47 都道府県の中で二番目に狭いのです(東京は三番目ですけども・・・)。


 
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20121109

日光の紅葉と放射能汚染


 
いろは坂に入る何キロも手前から車列は連なり、上に行けば行くほど動かない。 ちょっと車列が開けば、我先にとそれまでのストレスを発散するように全開でエンジンふかしすぐ横をすり抜けていった。 
 
   
イライラするのは分かりますけどねえ、そのお陰でこっちは排気ガス臭いし、横をすり抜けられればヒヤッとさせられるし、快適なはずの紅葉ツーリングも霞みます。   

 
 

 


  
 

  


  
  


早めに山を下れば行きとは打って変わってスムーズ。
紅葉を楽しみながらリラックスして下れたからか、山肌の色づきも下り方向の方がずっと見事に見えた。
いつもなら車に追い立てられるようにして下る道も度々止まって景色を楽しんで見れば、紅葉に埋もれるようにちらちらと見え隠れする道路が山肌を這う蛇の様にも見えて素敵でした。  
  
 
 


そんな日光の有名食材といえば中禅寺湖のヒメマスである。 
そのヒメマスでも戴こうかと思ってきたのですが、そうは東電が卸しませんでした。 今年は中禅寺湖のマスの放射線量が100Bq を超え、すべて養殖物に置き換わって大変残念。 ワカサギはかろうじて70Bq 程度で中禅寺湖のものを食べれれましたが・・・ 
 
 

聞けば、東電は日光の漁協に補償費を支払っているらしいですが、私のような下々の者にまで及ぶ影響まで考えれば、それで責任を果たした気になっている様じゃ困ります。 



この前の長野天然キノコの放射能汚染もそうだったけど、地方に行く度に本当にこの放射能汚染の広がり、罪深さの一端を見ることになる。  それとは逆に東京、横浜など都市部にいれば検査にクリアしたものだけが市場に並ぶので放射能による食物汚染を意識する機会もなくなり鈍感になってしまう。 
最近は放射能汚染食品の報道も殆ど聞こえてこないけれど、それは無用な風評被害を避ける面もあるのだろうけれど、都市部人口の放射能に対する覚醒を封じ込める為にも思えてくる。 
  
 
 
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