20120702

とびしま海道



朝一番の船で今治から岡村島へ向かった。
太陽が昇り周囲が明るくなるとともに、昨夜からの雨と風はみるみる雲を連れて行く
そこには凪いだ水面と、その上を薄霞だけが取り残されたように漂っていた。




岡村島で下船しミカン畑の酷い激坂を登ってきた。
そこには眼下に広がる瀬戸内海と無数に浮かぶ島々があった。
しばしその景色を眺めていると、いつの間にか途中のミカン畑に居たおじさんが傍にいて話し始めた。 「今日はよう澄んどる。 ええ時来たなあ」


丁度、真正面に見える集落はこのとびしま海道きっての観光スポットである御手洗の集落である。





客をもてなすように手作りの椅子に招くとミカン、デコポンを持ってきてくれた。 
「甘い」 と言って食べると更にいよかん、甘夏、八朔が出てくる。 
田舎のいかにもいい人の反応には申し訳ないが、「いやいや。おっちゃん朝の9時からこんな大きいの5個も食べられへんって・・・」  


「売ってくれって言うても売る分はないんやで、食べていき・・・」
この島が本州から橋伝いに地続きになったのは僅か4年前。 それまでは船でしか行き来できない場所だった。 それだけ人は素朴だし、まるで商売っ気が無い。





岡村島から大崎下島に渡り、さっき山の上から見ていた御手洗集落。 
江戸時代の町並みが残る。


江戸時代にこの小さな島の小さな街が栄えた理由を先ほどのミカン畑のおじさんに聞いた。
昔は、瀬戸内海が荒れたときに島と島の間で荒波をやり過ごす為の停泊場がここにあった。 当然そこに宿場ができ、波止場は遊郭で栄える。 そんな場所だったそう。 


おじさんが子供の頃はまだ、高価だったミカンを持って対岸まで船で女に会いに行くような事があったととか ・・・・ なんか羨ましいような話だった。





実はそれ以降の記憶があまりない。
只、のんびりとした海辺の風景の中を呉まで走った記憶以外は。


とびしま海道は裏しまなみ海道なんて呼ばれるけど、商魂逞しそうな店もなければ、しまなみほどエイドステーションが整っているわけでもない。 
海風を感じ、潮の香りを嗅ぎ、キラキラ光る水面を見ながら、そして地元の人と多少でモふれあえたことが気持ち良いと感じられるそんな場所だった。


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2 件のコメント:

  1. はじめまして。
    バイクめっちゃくちゃカッコいいですね。
    どこのメーカのでしょうか。
    ブログこれからも楽しみにしてますね。

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    1. はじめまして、そしてありがとう御座います。
      こちらのバイクはちょいと古めのライスピです。
      古いけど旅の相棒としては信頼の置けるバイクなんですよ。

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